黒い雉

「まま くろい とり いる」

 

声のするほうを振り返ると

小さな女の子と母親が手をつないでわたしを見ていた。

わたしは咄嗟に逃げた。

ばたばたと重たい羽音が響き、わたしの体が低く浮く。

女の子が「待って」とわたしを追いかける。

 

あの日も、わたしはこんなふうに追いかけられていた。

 

 

それは、山の木という木から、木の枝という枝から

やわらかな芽が吹き出している頃だった。

山は黄緑色に萌え渡っていた。

わたしは毎日、学校のそばの畑にじっと佇み

軋むように叫ぶように一声ずつ鳴いていた。

 

「あ、雉だ」

 

ある日、学校から出てきた小さな男の子たちが

わたしの姿をみつけて叫んだ。

わたしが一声鳴くと

男の子たちは「ケーン」とわたしの鳴き声を真似た。

ちいとも似ていなかったが

それがわたしの真似なのだということはわかった。

 

男の子たちは木の枝を振りかざしながら追いかけてくる。

わたしは決して鷲のように高くは飛べないが

小さな男の子につかまるようなへまはしない。

 

ばたばたと少しずつ飛び、一声ずつ鳴き

畑の端へ、木陰へ、道へ、神社の向こうの竹林へ

この黒い体を自由に運ぶことはできる。

 

やがて、男の子たちはわたしを追いかけなくなった。

 

追いかけられなくなってみると

わたしは自分がなんのために飛ぶのだか、わからなくなった。

わたしは自分がなんのために鳴くのだか、わからなくなった。

 

そうして、わたしは学校のそばの畑で男の子たちを待つようになった。

ようやくわたしたちが再会できたのは

すっかり山が蒼くなった頃、大雨の降った翌日のことだった。

 

男の子たちはぬかるみの中を長靴で走り、私を追いかけてくる。

わたしはこの戯れが終わらないように

自分を見せつけながら低く低く飛ぶ。

男の子たちがわたしを見失えば

一声高らかに鳴いて居場所を知らせる。

わたしが何かする度に男の子たちはもれなく歓声を上げる。

 

わたしは生きている心地がした。

彼らと体を触れ合える気さえしてきた。

そして、彼らをもっと近くまで引きつけてみようとしたそのとき

どぷんと鈍い音がした。

ひとりの男の子が池に落ちたのだった。

 

その日以来、誰もわたしを追いかけなくなった。

わたしは毎日池のそばにじっと佇み

軋むように叫ぶように一声ずつ鳴いた。

 

わたしは自分がなんのために生まれてきたのだか、わかった。

こうして池のそばで鳴くためだったのだ。

 

それは

ずっと前から知っていたようでもあり

たった今初めて気がついたようでもあり

いずれにしても「やっと」という心持ちのする答えだった。